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スピーチ等

平成25年度 卒業式 学長告辞

 ご卒業おめでとうございます。

 本日ご卒業される皆様、そしてご家族はじめ関係の皆様に、心からお祝い申し上げます。
 本学の経営協議会委員の皆様、卒業生の会である桜蔭会の会長、理事の方々、名誉教授の先生方には、ご臨席賜りまして、まことに有難うございます。
 ただいま皆様にお渡ししました卒業証書は、お茶の水女子大学で学んだことの、そして、社会で活かせる力の基礎を身に付けたことの証です。

 今、日本では、女性の社会的活躍が期待されています。
 特にこの大学で専門的知識を身に付けた皆様の役割は、単に社会の一員となることだけではなく、社会を担いリーダーシップを発揮することにもあります。
 2020年までに意思決定過程に関与する女性を30%にする、という国の方針がありますが、それは単に、女性の数が30%を占めていればよいということではないはずです。
 組織や、社会の在り方を考え、方向を決定する際に、これまでになかった新たな視点を付加し、専門的な見地から、建設的な提案ができる人が求められているのだと私は理解しています。2020年は6年後です。その頃皆様は、それぞれに、何らかの主導的な役割を担う立場にあることと思います。
 そうしたときのことを想定して、本学では独自の専門教育制度である「複数プログラム選択履修制度」を開始しています。この制度は、学生一人ひとりが自らの意志で、主体的に専門の学び方を選択し、知識を身につけることが特色です。そして、この専門教育と、お茶大型の「文理融合リベラルアーツ教育」は、学生がそれぞれに、問題意識を高め、視野を広げ、専門性を深めることを目標としています。
 これは本学の特色ともなっている教育制度です。いまはまだ実感がないかもしれませんが、皆様には、おそらく、自分の専門の領域だけではなく、自分とは異なる分野に接する機会がしばしばあったはずですし、それが強みにもなるはずです。この過程を通して、ものの見方が多様にあり、問題設定の仕方も解決方法も多様にあり得ることを理解してきたに違いないからです。
 本学のリーダーシップ教育の理念に、「知性」と「しなやかさ」がありますが、それはこのことを意味してもいます。専門的な知識を確実に身に付け、それを活用して、柔軟に、かつ適切に判断できる能力の基盤を皆様は身につけてきたはずです。その力を存分に発揮し、さらに磨きあげていただけるに違いないと信じています。

 そして、「知性」と「しなやかさ」に加えてもう一つ、「心遣い」つまり他者を尊重することをリーダーシップ教育の理念としていますが、その重要さを痛感したことがありました。3年前の三月の東日本大震災の時です。
 この日、附属学校を含めて数百名がこのキャンパスで夜をすごしました。大学の学生と教職員もこの講堂に避難していましたが、その時、静かに私の話に耳を傾け、指示に従い、刻々と変化する状況に適切に対処し、冷静に行動していた皆様の姿はいまでも忘れられません。
 その時私は、この大学の構成員が、他者を気遣い、寛容さを身に付けた人たちであることを実感し、改めてこの大学を誇りに思いました。
 この場に立つと、その時の緊張感とともに、いつもそのことを思い出します。
 震災後、学内では被災地支援プロジェクトを複数開始し、また被災地の8つの自治体と協定を締結して教育支援を続けています。
 卒業生の皆様のなかにもこの活動に参加した人が何人もいることと思います。その報告書には参加した学生の感想が記されていて、被災地の問題は自分たちの身の回りの問題でもあると気づいた、被災した小学生が自分の将来の目標を語る姿から、自分は今何をすべきかを考えさせられた、という記述もありました。
 無力さを痛感しつつも、何かしなければと努力した学生の姿が目に浮かびます。また、支援する、というより、むしろ多くのことを学んだという感想も述べられていました。
 被災地を訪ねて思うのは、人間がひと茎の葦に喩えられ、「人間は自然のうちで最も弱い存在である」(パスカル「パンセ」)と言われるように、人間がこの世界で如何に卑小な存在かということです。
 確かに人間は自然の威力の前に屈してしまうときもあります。
 ですが、自然を探究し、その謎を解き明かし、そこから新たな環境を作り上げ、文明を築き上げてきたのも人間です。
 そして、大学という高等教育研究機関で学ぶ人や、そこに身を置く私たちには、専門的知識を身に付けて、それを駆使し、学問を深め、社会を発展させる原動力となる使命があります。
 この時、社会の発展とは何かということが問題になります。社会の発展のためには、科学的な探究と、技術の進歩が必須です。ただし、それだけでは不十分であることを私たちは、大震災とそれに伴う原子力発電所の事故で思い知らされました。
 科学の探究は、何ものによっても妨げられてはならないことは自明です。固定した考え方や社会通念にとらわれない探究心が、これまで科学を進歩させ、学問を発展させてきました。そしてさらに科学の基盤の上に、技術が開発され、私たちの生活圏は拡大し、日常生活が便利で豊かになったことは紛れもない事実です。
 しかし技術はあくまでも手段にすぎません。問題は、この手段をいかに利用するか、ということです。つまり、何を目的とし、それをどのように利用するか、です。それは人間に課せられた課題です。人間が何を目的と設定し、その目的のために、いかにして手段を利用するか、が重要であり、鍵となるのは人間の判断力です。
 次のようにいわれることがあります。
 「技術は単に手段であって、それ自体は善でも悪でもない。重要なのは、人間が技術から何を創り出すのか、何の目的で人間は技術を用いるのか、…である。技術に支配されるのではなく、技術を支配する人間とはどのような人間であるのか、…が問題なのである。」(ヤスパース,「歴史の根源と目標」)

 皆様には、この大学で学ばれた知を力として、人間性を磨き、どのような状況にあっても、柔軟に、そして適切に判断する力をいっそう鍛えていっていただきたいと思います。
 時代は今、女性に味方をしてくれています。本学は、来年2015年に創立140周年を迎えますが、この長い歴史の中で初めてといってもよい状況のように思います。本学の卒業生は、時代がどのようであっても、さまざまな世界で先駆的な役割を果たしてきました。
 日本で初めての女性の博士が学んだのも本学ですし、教育機関を創設した卒業生もいます。なかでも、本学の卒業生の会である桜蔭会が、関東大震災の翌年に桜蔭学園を創設したことは、いまにして思えば驚異ですらあります。
 そして今社会は女性の活躍に多くの期待を寄せています。皆様には多くのチャンスが待っているに違いありません。
 これまでと大きく異なるのは、グローバルな視点が必要だということです。幸いなことに、本学は文部科学省の「グローバル人材育成推進事業」を全学的に実施する大学に選定され、昨年度からさまざまな取り組みを行っていますので、皆様のなかにも、この事業によって海外経験を積んだ方がいらっしゃると思います。
 皆様がそれぞれに、チャンスを的確に捉えて、存分に力を発揮してください。ただし、単に女性としてだけではなく、広い視野と確かな専門的知識を身に付け、高い見識を持った一人の人間として、また、本学で学んだことを誇りとして、自らを磨きながら力を発揮してください。力不足と思うようなことがあっても、勇気を出して挑戦してください。それに足るだけの素養を身につけてきたことが、学位記には記されています。
 皆様がこれからの社会を担い、時代をリードして、豊かな未来を築かれますことを期待しています。
 そして、本日ご卒業の480名の一人ひとりの未来が輝かしいものでありますことを心から願っています。
 来年の140周年記念の時には、皆様が再びこのキャンパスに集われますことを楽しみに、改めてご卒業を心からお祝い申し上げ、告辞といたします。本日はまことにおめでとうございます。

  平成26年3月24日

お茶の水女子大学長
   羽入 佐和子

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